2017年11月11日土曜日

便利な田舎、不便な都会?


私たちは住み慣れた都会から田舎村へ来てまだ間もない移住者ですが、田舎に住んでみて、以前と比べて不便だと思った事はあまりありません。

いろいろ不便で大変でしょうとよく心配されますが、例えば近所にスーパーやコンビニがないことも以前からわかっていたことで、宅配を使用したり対策をしています。

便利とか不便とか言う問題ではなく、生活スタイルが変化したと言うだけの事でした。

家の周りの道も狭く歩きに行くいし緑もほとんどなかった都会では毎日の散歩にも困っていましたが、ここでは外に出れば自然に触れられ、走り回れる芝生もたくさんあるし川遊びもでき、息子が小さいうちにここに来れて本当によかったと思っています。

電車に頼りきっていた都会の生活も一新して、完全車移動になりましたが、田舎では道路が狭くて混んでいたり駐車スペースがないこともなく、どちらかと言うと移動がかなり快適になりました。

何でもある都会、不便な田舎だと言う固定観念も、身をもって変化しつつあります。


もちろん一般論である、都会が便利と言う説も正しい面はたくさんあります。

都心の電車はとても頻繁にくるし時間も正確だし、今手元に欲しいと思ったものがすぐ購入できたり、仕事面では職種も豊富に揃っていたりで、私もこれまではずいぶんその恩恵を受けてきました。


ここに記しておきたいのは、自分にとっては田舎が1番だとか、みんなが間違っているとか、そんな比較をしたいわけではありません。

特に便利とか不便とか形がはっきり見えにくい比較対象には、それぞれの主観が大きく影響しています。

だから私は、どちらの意見も全く正しいものだと思います。


その上で、自分がどこに住んでどんな暮らしをしていくのか、生活スタイルを選択していかなければなりませんね。

実は結局のところは、心の持ちようで、どこに住んでも便利で快適に幸せに過ごすことができる。という結論です。

どこに行っても、そこに何がなくても、そこにあるもの、便利なものにだけ目を向ければいいのです。


基本的な知足の教えがあれば、やはりどこでも満ち足りた気持ちで生きていくことができます。

逆に知足の心得を持つことができず、どこに行ってもいつまでも隣の芝生は青いように感じながら、満ち足りない気持ちで不満を抱えてしまうこともできます。

これもどちらを選ぶかは、自分で決めて、すぐに自分で実行できることです。

移住して数ヶ月、周りから、不便でしょ、大変でしょうと言われたり、どっちがいい?と生活を比較して質問されることが増えてきたので、自分で改めて心を整理してみました。

私はここで、今の瞬間を感じて、満ち足りた気持ちで生きていくことを選びます。

こうして初心を確認できた機会にも、感謝感謝です。


今日もありがとうございました╰(*´︶`*)╯
Love&Gratitude,
MICHIKO

2017年11月8日水曜日

心配と信頼


「心配」と言うのは、負のエネルギー、マイナスなことなので、したくないしされたくない。

そう理解していましたが、もっとより良い…というか違う角度から言うと、
「心配」の反対は
「信頼」です。

「心配したくない、されたくない」
ということ自体が否定形の言い方なので、本当は
「信頼してほしい」
と言う方が適切なのでしょう。

これももともとわかっていたはずなのですが、あまり実感が伴っていなかったようで、心配ではなく、信頼してほしいなぁということがしみじみわかった出来事がありました。


出来事といっても珍しいことではなく、うちの父は、もともと生粋の朝心配性。

特に孫ができてからは、私が大人になったために一旦ストップしていたかのように見えた心配性が復活( ゚д゚)

むしろさらに拍車がかかったようです…

可愛い可愛い唯一の孫の事なので、わからなくもないですが。。

孫のことに関して、私たち親に対していろいろな面で、心配ゆえに口出されることがすごく多いのです。

でもとことん心配をされたからこそ、心配と言うのは本当に負のエネルギーを出すもので、やっぱり必要ないんだなと気づくことができました。

心配をするほど、愛情が深いと言うような錯覚が、一般的にはあるように思います。

でもそれって、信頼していないから心配するんですよね。

もちろん心配している方はそんなつもりはないのですが、逆に、本当に信頼をしている状態では、心配と言う感情は起こらないです。

どうしても沸き起こってしまう心配と言う感情に対して、その人を愛している大切に思っているからこそ、その人はとにかく大丈夫であると信頼するところから、本当の愛情表現ができるのではないかと思います。

とことん信頼しつつも、何かあったら、どんな時でもそばに寄り添い、手を差し伸べようという大きな器になることも、1つの条件だと思います。これこそ、無償の愛だと言えるでしょう。

うちの両親が、愛情ゆえにたくさん心配してくれるのも、とてもよくわかっています。

でもだからこそ、私は愛する人に対しては、心配ではなく信頼することにしよう。

そう決心ができました。


うちの両親も、いずれ本人たちにとっての時期が来たら、おのずと理解することだと思います。


マイナスだったり、嬉しくないことをされたりそういうことが起きても、それを学びに変えていく。

こんな風に気持ちを切り替えて、一つ一つ会得していくのが、人生なんだなと思います。

そんな貴重な成長の機会に、心からの感謝を捧げます。


今日もありがとうございました╰(*´︶`*)╯
Love&Gratitude,
MICHIKO

2017年11月6日月曜日

空白の時間


なぜか再び間があいてしまったブログ更新。。

特別忙しくしていたわけでもなく、紅葉深まる田舎村で、日常を淡々と過ごしておりました。

そして連休になり、なんだかんだ毎日楽しい予定が入っていた私たち。

明日もドライブやら何やらいろいろあると言う日に限って、頭の中にいろいろなアイデアがポンポンと浮かんで、ものすごく目が冴えてしまって眠れず、明け方から朝起きなければならない時間を過ぎてもものすごく眠いのです。笑

ちょうど忙しくて何もできない日にこうして書きたいことが浮かび、淡々とした日常の中で時間が取れるときには、ぼーっと過ごしてしまう…

こうゆう風にできているのも必然というか、真の私にとっては都合が良いのでしょうか…


空白の時間と思えていた時間も、きっと、それは頭の中が整理されて新たなものが飛び出すための糧。

とりあえずそう思うことにして、少しずつ整理して書きたいと思います( ゚д゚)

ポンポンせっかく浮かんだアイデアが、時間ができた途端に飛ばないように、こうしてあえて内容のないメモを更新しておきます(*´-`)

今日もありがとうございました╰(*´︶`*)╯
Love&Gratitude,
MICHIKO

2017年10月21日土曜日

愛すること


真夜中起きた息子を寝かしつけ中になぜか、

愛すること。それだけでいい。

というひらめきがありました。

徳を積む生き方とはなんだろう?
という小さな悩みが、最近常に私の中にありました。


私は、仁徳を積んで、人格を磨き魂を磨いて成長するためにこの世に生を受けたと思っています。

それに対する答えが、真夜中の直感が目覚めやすい時間に訪れたんじゃないかと思います。

何を達成せずとも、どういうことをして生きようとも、魂を成長させ有意義な人生を送る手段はたくさんあるけれども、実際に具体的にはどうすればいいのか…答えの出なそうな途方もない悩みが、私を患わせていました。

息子が夜中に頻繁に起きてなかなか寝付かず、私は体が辛くて、多少気が揉んだりすることも確かです。

こんな心境で徳を積むってなんだろう…と、日常の忙しさに流されそうになっていました。

でもその時、どこかから見ていたもう1人の自分が、

愛していればいいんだよ。

とつぶやいてくれたような気がしました。

生身の人間だから体が疲れたり、眠かったりすると多少気が立ったりもするでしょう。

それでも確かに、溢れんばかりの愛情を持って、息子を見つめている自分がいます。

さらにこの愛情を、全く関係ない誰かにも、全く関係ないものや事柄にまで注げるようになれば最高ですね。

まずは1番身近な人だけでもいいから、愛すること、愛を持てる人間であることが、何より大事なんだと、なぜだかしみじみ実感して、すご~く心が軽くなった夜でした。


以前私の尊敬する精神論の師匠が、

「私は自分が男なのに、どうしても男性しか好きになれないのです。こんな私でもいいんでしょうか?」

とゲイの人から相談を受けた時の答えは、

「もちろんいいんだよ。
愛があることが大事なんだ。
男だろうと女だろうと、愛することが出来るなら、それだけで素晴らしいことなんだ。」
というものでした。

幸い私にはそういう悩みはありませんが、それでもなぜかその答えにものすごく感動して涙が流れた覚えがあります。

その記憶が、多分最近は私の中で薄れていたんだと思います。

もう1人の自分が、その師匠と同じようなことをもう一度私に言ってくれて、目が覚めました。

まずは愛することができている自分に、その素晴らしさをたたえて、自分のことも慈しみ愛情をもって感謝し、少しずつその愛を大きな円で描けるようになっていければと思います。

今日もありがとうございました╰(*´︶`*)╯
Love&Gratitude,
MICHIKO

2017年10月20日金曜日

チャクラ


最近友人を集めて行っているヨガレッスン(の練習)のために思い出したチャクラのメモです。

レッスン中にあまりカンペを見る方では無いですが、レッスン前にイメージがわくように自分で文章化することもあります。

チャクラはヨガに携わっている人であれば押さえて期待項目なので、この際にせっかくなので載せておきたいと思います。

以下メモ

7つのチャクラは、背骨の基底部である尾てい骨から、脊柱(背骨)に沿って頭頂部までのエネルギーライン上に位置しています。

では自分の体に実際手を当てて、チャクの位置を意識して、これから動かして行く準備をしていきたいと思います。

第一チャクラは背骨の1番下、尾てい骨のあたり。赤い車輪がペースよくくるくる回っているのをイメージして。体の土台となるグラウンディングに関連したチャクラ。

次に第二チャクラ丹田というおへその下4センチ位のところ。全身にパワーをみなぎらせる意欲アップと関連した場所と言われています。オレンジ色の輝くチャクラが車輪のようにくるくる回っているのをイメージして。


第3のチャクラ 感情精神面の安定に関わると言われているチャクラで、胃のあたり。黄色の車輪が安定したペースで回っているのをイメージして。

第4チャクラは心臓の付近 愛のチャクラと言われていて、自分の中の太陽である場所。緑色の車輪が輝きながら回っているのをイメージして。

第5チャクラは喉元の辺り。五感が研ぎ澄まされ表現力を高める場所。青い済んだ車輪が回っているのをイメージして。

第6チャクラは第3の目のあたり。眉間のところで無限の知恵予知能力や透視力に関連していると言われる場所。澄み切った藍色の車輪が回っているのをイメージして。

第7チャクラは頭頂部に位置した百会のツボ。このチャクラが開くと宇宙と一体化し高次元に導かれると言われている場所。無限の色と言われもしていますが、金色だったり白をイメージして。

私はだいたいの場合、レッスンの始まりに寝転んで呼吸の確認をして体を緩めます。

その時にチャクラの位置も確認するのがマイブームです(^ν^)

今私たちがこうして書いたり読んだりできることも、体内エネルギーが回っているからこそ。
チャクラをより開かせる意識をいつもしていたら、エネルギーの流れを持った瞬間で電気表面的な肉体も魂ももっともっと輝くことでしょう。


今日もありがとうございました╰(*´︶`*)╯
Love&Gratitude,
MICHIKO

2017年10月15日日曜日

手放すこと


この前偶然見つけた、数年前に作っていたヨガのホームページの資料。

当時インストラクターとしての経験もなく、ポーズひとつを人に教えるという試験課題にすら緊張に震えていた私ですが、勉強熱心ではあったおかげかなかなか確信のついたことを言っています。

以下、当時の文章まま。


辿り着きたい場所、求めている答えは、すでに、いつも自分の中にある。

less is best. より少ない方がいい。

more, more.より多くのことをたくさん。がいいと言われ/思われている現代の、新しい価値観。

全ては、自分が今まで得てきたものに執着をしないで、手を放すところから始まります。

新鮮な空気を、もっともっとと思うのではなく、まず吐き切ることから始めてください。
すると必要で質のよい空気は、自然に入ってきます。

新しくよりよく見える情報を、もっともっと外部から入れようと思うのではなく、まず積み重ねた無駄な知識を、頭を純粋で真っ白な状態にすることから始めてください。
すると必要な知恵、それを使うための十分な能力が、自分の内側から姿を現します。

肉体の健康も精神の健康も、どれだけ新しいものを外から入れるかではなく、身体の中にある何をどれだけ出すかで変わるのです。

いらないこと、もの、情報を出していって全部出し切ったところに心の平穏があります。

邪魔な部分を排除するだけ、新しく何も探したり得たりする必要がないのに、このシンプルなヨガマインドの実行はけっこう困難です。

まずは普段の習性を手放して、より少なくを意識してみましょう。


引用終わり。

…まさしくこの説明通り、手放してから偶然発見されたこの資料。

実はこれ、自分で頑張って作ったホームページが消えてしまったことに数ヶ月前に気がつき、その時はショックで探したけれど出てこなかったのです。

でも本当に、無くなったということは私には必要のなかったものなんだとスッキリ手放しました。

そしてそんなことも忘れて過ごしていたある日、本当に本当に偶然見つかりました!

そこにあった手放す学び。

初心に戻るということの大切さをしみじみと実感した出来事に感謝感謝です。


今日もありがとうございました╰(*´︶`*)╯
Love&Gratitude,
MICHIKO

2017年10月13日金曜日

アウトプット


たまにくるこのブログの長い空白期間…笑
もう息子の体調も回復したし、平穏な日常に戻ったわけですが。。

けれど、ブログとともにヨガからも遠ざかっているわけではなく、ヨガは私の日常でありライフスタイルの一部であることに変わりはないので、自分としてのありがとうヨガは休みなく続けています(^ν^)

むしろ最近は、お友達と一緒にヨガをする機会もポツポツ増えて、私も久しぶりにちょっとインストラクターらしい指導の仕方も思い出してきました。

アウトプットすると言うのは、自分の学びを深める上で、どんな内容であれとても友好的な方法だと思います。

だから仕事としてインストラクターをすると言う方法もありますが、ボランティアでも充分自分の糧になるのがヨガ指導です。

そこでだんだん思い出してきた、ヨガレッスンでは毎回使うお決まりの基本事項を確認も含めて、こちらにも記しておきたいと思います。


ヨガのポーズをとる目的は、柔軟性を追求することではなく気やエネルギーの流れを良くすること。
エネルギーの通り道であり神経の通っている背骨のラインを本来の正しいS字カーブに導くことで、背骨に沿って通っているチャクラも正常に輝き開かれ、体のエネルギーがきれいに循環し健康体が保たれる。

ポーズがうまくできているかどうか、ポーズが上手な人の基準となるのは、外側から見た形の美しさとは全く異なります。

その指標と言うのは、
「その人にとってそのポーズの形が安定していて快適かどうか」

ポーズをキープしてゆっくりと呼吸を繰り返し、安定していて快適に感じる状態であれば、周りから見た外見が完成形から遠いように見えても全く関係はありません。

逆に美しい完成形のポーズに見えても、その人の呼吸が乱れ、安定どころか無理をしていて苦しく不快感があれば、ヨガのポーズとしては全く成功していません。


今でも自主練の時に、こういう内容は人にアウトプットしていないと、1人では忘れてしまうと思い、初心に戻って思い出すようにしています。

自分の体をいつも思いやって、ありがとうこめながら細部にまで呼吸を送り続けて、心身ともに健やかでいたいなと思う今日この頃です。

今日もありがとうございました╰(*´︶`*)╯
Love&Gratitude,
MICHIKO